なんとでもなる

大人の育ち、私を生きるということ
BoudewijnBerends.nl

【シリーズ:こども2号の話】
校長室に怒鳴り込みにいかなかった理由 
何もしていないと思っていた 
③ なんとでもなる ←今ここ


最近
自分を鼓舞する言葉の面々が変わってきた

例えば

仕方がない
しようがない
どうしようもない
関係がない

そして

なるようになる
なんとかなる
なんとでもなる

昔なら
少し冷めたような、諦めたような
少し責任放棄的な雰囲気を感じていた言葉の面々

これらの言葉が今は自分を鼓舞する

他者評価の意味のなさや
自分に向けられた他者のフィルターを介した解釈と
本来の自分を切り分ける境界線
ーー関係ない

変えられるものと
変えられないものと
変わらないものを見極める力と
その中に潜む自分自身の執着への気づき
ーー仕方がない
ーーしようがない
ーーどうしようもない

子どものいる世界を学びたくて
発達を学び、遊びを通して身体的に学んだ結果

誰よりも
わたし自身が「学びの途中」にあることに気づく

子どもが答えを探してもがいている
教えたがる
アドバイスしたがる
何かしないとと思う
わたしの場合は全部「不安の裏返し」だった

他者フィルターを介した言葉に動じるのは
まだ自分の軸が揺れているとき
でも、揺れるからこそ、中心が見つかる

早く答えに結びつくようにと
相手のリズムを無視する
伝えなきゃモードがウズウズする

「誰かを変えようとしない」
よく聞く言葉だけど
相手が「子ども」でも、意識できているかどうか?

そもそも、境界線が引けている人は
ありのまま、素のままでいることを脅威に感じない
だから変えようとしない

わたしは素のままでいることに
まだ僅かに脅威を感じているから、ウズウズが発動する
だから、わたし目標は「完全なる自己信頼」

こんな時いつも思い出すのは
木村秋則さんの本
奇跡のリンゴ

この本が
わたしに教えてくれたのは
「家族は何度も失敗をすることを許し支えてくれた」
という場面

さらりと言葉では表現されるけど
簡単じゃない

「なんとでもなる」と言える人と
「なんとでもなるよ」と言う人は、違う ーーチャッピー

「なんとでもなる」は
自分が自分に向けた言葉だったんだ

おおお〜!
こんな発見が面白くてたまらない


そんなこんなで
子ども2号は混迷の最中にいますが
わたしは波に揺られ揺れに揺れまくりながらも
元気にやっております







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