こんな様子の子ども、いませんか?
例えば
生活発表会での一コマ。
セリフの番が来ても、声が出ない。歌えない。涙が出る。ただただ立っているように見える。
隣の先生が「手をつないでたら大丈夫」と子どもの手を取り手を繋ぐ。
よくある光景ですね。
だけど、「怖いから、先生、手をつないでほしい」って、頼まれた?
「手、つなぐ?」って聞いてから、子どもの「うん」を確認した?
中には「そ、その手が、怖い」と感じている子もいるかも•••。
『発達の土台は安心安全』
よく言われることだけど
安全な環境を整えたと大人が感じていることと
子どもが安全だと感じる環境は、同じとは限りません。
大人が「助けてあげた」と思っているその関わりが、本当に、その子にとって安心安全だったのだろうか?って
考えたことがありますか?
そこに、大人自身が気づけていないことも少なからずあるように感じます。
保育は『関係性』で成り立っていることを、忘れないようにしたいですね。
よくある誤解
「手をつないであげれば安心するはず」
「場数を踏めば慣れる」
「もっと積極的になってほしい」
「頑張って!大丈夫!って伝えたらいい」
これらは全部、主語は大人です。
無理に場数を踏ませると、逆に固まりやすくなることがあります。
「慣れさせよう」とする関わりが、神経系をさらに警戒させてしまう場合があります。
そんな時、私は現場で、こんな「問い」が浮かびます。
この子の安心安全は
どこで感じられているのだろう?
この子と、どんなあそびを楽しんだら、
安心安全を育むだろうか?
そもそも、この子は
発表会で、どんな姿になりたいんだろう?
どんな感覚を育んだら、
この子のなりたい姿への、発達の後押しが出来るんだろう?
こんな問いを持って、子どもを観察してみるのはどうでしょうか?
大切なポイントは、その子の神経系が「ここは安全だ」と感じて初めて、身体は動き出すということです。
今日からできる一つの関わり
こんな問を持つと「いつもこの子は、どんなあそびを好んでやっているだろうか?」と、保育活動の中で、子どもを観察する視点が変わります。
そもそも自由あそびの時間はあるだろうか?いつも設定保育だけ?子ども主体のあそびってなんだろう?
この子が、好んでやっているあそび(動き)に、育たがっている感覚が表れています。
そのあそびを満足するまで、あそび尽くせる環境を整える。もちろん、大人も一緒になって面白がって本気であそぶ。
時間が区切られていたとしても、満足するまであそぶ環境づくりもやれます。
でも、遊びの主体は子どもです。子どもの思いより、大人の思いが前に出ていませんか?
現場で良くやっていることは
・何かする前には「事前予告」を入れる。子どもに応じて、事前予告にかける時間も違います。
・「子どもに聞く」どうしたい?手をつなぐ?背中トコトコマッサージしていく?
・「イヤ(NO)も選べるようにする」無理だったら言ってね、お部屋に戻れるよ。
・全部、子どもに選んでもらう。
「先が見える(見通し)があること」
「自己選択できること」
「イヤ(NO)が言えることを保証すること」など
このような対応が、神経系に「安全」を感じやすくする環境づくりの素材となります。
そして、関わる前に一度立ち止まってみましょう。
この子は今、私の存在を安全と感じているだろうか?
手を繋ぐ前に、まず自分自身を観察する。
「してあげる」より「保育者・支援者の呼吸が整えられていること」が、神経系を安全に導くことがあります。
保育園での発達支援の実際は
「保育施設での発達支援」のブログでも紹介しています。
まとめ
- 固まる・動けないのは「やる気がない」のではなく、神経系が「危険」に備えているサイン
- 安全な環境を整えたと大人が思っている環境と、その子が安全と感じる環境が同じとは限らない。
- その保育、誰が主語になっていますか?
- 予告を入れる、自己選択できる、NOが言える。こんな関わりが神経系に「安全」を感じさせます。
- 関わる前に、まず保育者が呼吸を整える。「してあげる」より先に、自分の状態を整えることが、子どもの安心安全につながることを知っておくことが大切。
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